めんどくさいモード発動中

めるまがバックナンバー

どうも。

夏休みスタート1週間で
親子時間のネタ切れしつつあるきなこです。

プールも行った。

図書館にも行った。

近所の夏祭りも行った。

お友達の家にも遊びに行った。

お絵描き大会もしたし

パズル大会もやった。

映画鑑賞会も2日連続でやった。

・・・さて。

そろそろ図書館2週目に入ろうかしら(´・ω・`)

と、こんな感じで
親子時間を過ごしております。

そんな中でも、ここ最近は
スキマで自分時間を見つけては
noteを書いたりしてます。

noteを書いてる理由は
自分の価値観とか考えを
言語化していくトレーニングのような感覚。

だから無料noteで
書きたいことをポツリポツリと書いてます。

で、それで気づいたんですけどね

アウトプットするの前提でインプットすると
ちゃんと情報を受け止められるんですよね。

・・・え?

“ちゃんと情報を受け止める”なんて
そんなん普通にインプットしてれば
ちゃんとできてるって?

いやいやいや。

そんなことないはず。

私にはわかります。(誰やねん)

というか
正直、他の方はどうかわからないですが

少なくとも私自身は
アウトプットを前提にすることで
かなり変わったんですよね。

今までだったら
「あーなるほどねー」と
理解するだけで着地していたものを

「それってつまり…」とか
「じゃあ私の場合は…」みたいに

【自分フィルター】を通して考える意識を持てるようになりました。

そうやって情報を受け取るようになると
色んなことにアンテナが立つようにもなるんですよね。

それこそ、子供の行動とかにも。

この前ね
子供と一緒に学校から出された
課題図書の絵本を読んでたんです。

読み終わって、子供に感想を聞いたとき
「ちょっと怖いと思った」って言ったんです。

今までだったら
「怖いって思うんだ―、へぇー」
くらいにしか思わなかったと思うんですけど

最近は
「怖いって思うんだ。
 でも可哀想って感じる子もいそうだな。
 この絵本が伝えたいのは何だろう?」とか

「うちの子は可哀想とは感じてないのかな?
 感じないとしたら、その理由はなんだろう」とか

情報を素通りさせずに
受け止めて考えるモードに入るようになってます。

あれ・・・

なんか・・・めんどくさくない?

私、めんどくさくなってません?

やだ・・・

ただでさえ時間ないとか言ってるのに
情報をこねくり回してめんどくさくしてるって
どんなモードよ。

と、自虐しつつも

“情報をキャッチして考える”っていうのも
なかなか楽しいぞ、とも思ってたりして。

気温の暑さに加えて
急にあれこれ考えすぎて
アタマ湧かないように気を付けつつ
めんどくさいモード楽しもうと思います。

では、またメールしますね♪

あとがき

さっきお話しした
子供の課題図書の絵本っていうのは
「さっちゃんのまほうのて」っていう作品なんです。

知ってます?

生まれつき右手の指が欠けている
“さっちゃん”という女の子が

自分の手に対する
お友達からの心ない一言に傷つき
「どうして自分の指はないの?」と
お母さんに泣いて訴えかけるんです。

それでも、お父さんからの
温かい言葉をキッカケに前を向けるようになる

というお話なんですけどね。

それを読んで
私は心がギュッとなって
ちょっと涙ぐんじゃう…
みたいな感じだったんですが

子供は
「指なくなるの…?怖い…」
って言ってて。

いや、今からはなくならないよ?

なくなるとしたら大事故だよ?
(それはそれで怖いけども)

私、てっきり
「さっちゃんが可哀想!」
「お友達ひどいね!」

みたいな感想が出るかと思ったんですが

そっちじゃなくて。

そういう物語に対する客観的な感想じゃなくて。

自分とさっちゃんを重ねて
主観的にこの物語を見ていたんだなーと。

子供ならではの感想だなぁと
興味深く聞いてました。

かくいう私は立場的にも年齢的にも
さっちゃんの親みたいな視点で読んでいたので

さっちゃん(娘)にこれを言われたら…
という想像で目頭が熱くなったんだろうな。

同じ物語でも
いろんな視点があって面白いですよね。

絵本って なかなか奥深い!